天部(仏教の護衛者)
もとは子どもの敵だった 鬼子母神
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かつて悪女を絵に描いたような存在だったのが何を隠そう鬼子母神だったのです。
今でこそ、安産・育児・恋愛の神様と敬われていますが、
その昔は、そりゃヒドイもんでした。
なんたって、他人の子どもをかっさらってきて食べちゃうんですから!!
最近では、下世話のニュースに耳を傾けると、かつての鬼子母神さながらか
それを上回る聞くに堪えない事件が起きてます。
いや、鬼子母神ですら自分の子どもに対しては愛情を注いでいましたから、
現代版の鬼母の方がよっぽど恐ろしい限りです。
話しが横にそれましたので、もとに戻しましょう。
鬼子母神が他人の子どもを食べてしまうという悪行を懲らしめるため、
それを防ぐため立ち上がったのが釈迦でした。
鬼子母神には一万人もの子どもがいました。
(また、なんという子沢山! 一つの町が出来ちゃうくらいの人数です。)
釈迦は、その一万人いる子どもの一人を隠してしまいました。
何人、何百、何千、何万人いようと自分の子どもは可愛いものです。
たとえ一人がいなくなっても鬼子母神の心は半狂乱になってしまいました。
その様子を見て釈迦は、
「一万人の内の一人が見えなくても悲しいのだから、
子どもを食べられた母親の嘆きはいくばかりかわかるでしょう」
と諭され、それにより鬼子母神は改心します。
改心した鬼子母神は、かつての悪行とはうって変わって
他人の子どもまで面倒みる立派な仏に大変身したのです。
「そこまで、変われるのかぁ!」
というぐらいの変化ですよね。
仮にも、神と名のつく存在だから、
そのくらいの事ぐらい気付けよって思うんですがねぇ。。
これはある意味、人はもちろん神とていつ何時、
善悪が入れ替わるかもしれない心の移り代わりを表現しているのかもしれません。
まさに表裏一体ということですね。
いづれにせよ、仏に仕える身となった鬼子母神は
子どもを護る神様として女性の信仰を集めています。
代表的な仏像として、東京・雑司が谷の法明寺や
同じく東京・入谷にある真源寺の鬼子母神像が有名です。
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| 【鬼子母神 像】 |
| 「恐れ入り谷の鬼子母神・・・」と歌舞伎のセリフにも ある東京入谷や雑司が谷の鬼子母神は有名です。 |


